先日、日経新聞のある記事を読み、デジタル通貨の新たな潮流に驚かされました。福岡市でマイナンバーカードを使ったステーブルコイン決済の実証実験が始まったというのです。利用者はマイナンバーカードをお財布代わりにして、三井住友カードの決済端末にタッチするだけで支払いが完了するとのこと。このニュースを見て、「便利な時代になったものだ」と感心する一方で、私はその便利さの陰に潜むリスクについて考えずにはいられませんでした。
広がるステーブルコインの利便性
ステーブルコインとは、米ドルや日本円など法定通貨に価値を連動(ペッグ)させた暗号資産です。たとえば「1コイン = 1ドル」や「1コイン = 1円」のように、価格が安定(ステーブル)するよう設計されています。ビットコインなど従来の暗号資産が値動きの激しさで決済には不向きだったのに対し、ステーブルコインなら価値がほぼ一定のため、デジタル通貨でありながら日常の支払いにも使いやすい特徴があります。
実際、先述の福岡での実証実験はその一例です。マイナンバーカードをステーブルコイン対応ウォレットとして使うことで、誰でも簡単にデジタル通貨で支払いができる体験を提供していました。ステーブルコインの仕組みを支えるのは、発行体が担保として保有する法定通貨や国債などの資産です。この裏付け資産のおかげで、ステーブルコインは暗号資産市場の変動に影響されにくく、価格が安定しやすいとされています。
利便性は支払いだけに留まりません。ステーブルコインには海外送金を瞬時に行えるメリットもあります。銀行を介した国際送金は日数や高い手数料がかかりますが、ステーブルコインならブロックチェーン経由で24時間365日、低コストで即座に送金可能です。こうした実用性の高さから、世界的にステーブルコインの需要は拡大しており、市場規模は2025年時点で約3,000億ドル(約48兆円)にも達しています。日本でも2023年の改正資金決済法施行によってステーブルコインが正式に「電子決済手段」として認められ、国内企業による円建てステーブルコインの発行や、大手金融機関の実証実験への参入が進んでいます。まさにステーブルコインはこれからのキャッシュレス社会を担う次世代のデジタル通貨と言えるでしょう。
便利の陰に潜む罠:ペッグ外れと信用不安
しかし、こうした明るい話題の裏側で、私は「便利さゆえの落とし穴」にも目を向けています。ステーブルコインは“一見すると”価値が安定しているように思えますが、絶対に安全な資産ではありません。むしろ、その安定性は裏付け資産と利用者の信頼に支えられており、そこに不安が生じればペッグ(連動)の崩壊というリスクが現実に起こり得るのです。
「ペッグが崩れる(デペッグ)」とは、本来1ドルであるはずのステーブルコインの価格が1ドルから乖離してしまう現象です。過去には、こうしたデペッグの悪夢が現実となった事例がいくつもあります。代表的なのが2022年5月に起きたTerraUSD(UST)の崩壊です。USTはアルゴリズム型のステーブルコインとして一時は注目を集めましたが、発行体が保有する外部担保を持たない仕組みゆえに市場の信頼が崩れた途端、価格維持ができなくなりました。その結果、1UST=1ドルの約束は破綻し、わずか数日のうちに約400億ドル(約4兆円)もの価値が消滅してしまったのです。まさに「安定」を名乗りながら、一瞬でほとんど無価値になってしまったわけです。
UST崩壊の衝撃はそれだけに留まりませんでした。USTはアルゴリズム型という特殊な例でしたが、この出来事を機にステーブルコイン全体への信用不安が一気に広がったのです。実際、USTが急落した当時は連動資産を持つはずのUSDT(テザー)でさえ一時的に1USDT=0.95ドル前後まで値を下げる「ペッグ外れ」が発生しました。市場参加者がいかにパニックに陥ったかが分かります。ステーブルコイン最大手のUSDTですら一瞬とはいえ5%も価値が落ち込んだのですから、「裏付けがあるから大丈夫」とは一概には言えないことを痛感させられる出来事でした。
もう一つ印象的だったのは、USDコイン(USDC)に起きた事件です。USDCは米ドル建ての代表的ステーブルコインで、発行体のサークル社が全額を安全な資産で担保しているとされる“信頼性の高い”コインです。しかし2023年3月、米国のシリコンバレー銀行(SVB)が経営破綻した際、サークル社が預けていた準備金の一部(33億ドル)が引き出せなくなる可能性が浮上しました。このニュースに市場は動揺し、本来1ドルであるUSDCの価格は一時0.87ドルまで急落してしまったのです。結局、米当局の介入によってSVB預金は保全され、USDCも数日でほぼ1ドルに戻りました。それでも、「100%安全」と思われていた法定通貨担保型ステーブルコインですら、一瞬にして10%超も価値が崩れる可能性があることを示したのです。
これらの教訓が示すのは、ステーブルコインもリスク資産の一つに過ぎないという現実です。裏付け資産や発行体への信用がある日突然揺らげば、ステーブルコインはその名の通り「安定」していられなくなります。特に発行体の経営破綻や準備資産の目減りといった信用リスクは利用者には見えにくい分、ひとたび不安が表面化すると急激に広がりやすい厄介なリスクです。初心者の方ほど「1コイン=1ドルなら現金と同じで安心」と思い込みがちですが、過去のUSTやUSDCの事例から学べるように、過信は禁物です。便利だからといって資産の大部分をステーブルコインだけに頼るようなことは避け、常に最悪のシナリオも念頭に置いておく必要があります。
資産を守る分散投資:ポートフォリオに「金」の安心感を
では、ステーブルコインのような新しいデジタル資産とどう付き合っていけば良いのでしょうか。その答えの一つが「分散投資」です。つまり、リスクを一点に集中させず複数の資産に分散して持つことで、特定の資産に何かあっても全体へのダメージを抑える戦略を取るのです。
分散投資の重要性は、実は古くから投資の世界で言い尽くされてきました。株式、債券、不動産、預貯金、そしてコモディティ(金や原油など)──値動きの異なるこれらをバランスよく組み合わせることで、資産全体の安定性を高めることができます。特に「有事の金(ゴールド)」という言葉があるように、金(ゴールド)は分散先として欠かせない存在です。
金は古来よりその希少性と普遍的な価値から「究極の安全資産」とも呼ばれてきました。現代においてもその性質は変わりません。他の金融資産とは異なり、金そのものは発行体の信用に依存しません。言い換えれば、金には債務不履行のリスク(信用リスク)がなく、保有しているだけで倒産リスクにさらされることもありません。手元にある金の延べ棒や金貨は、それ自体が価値を持つ実物資産であり、極端な話、世界中どこに行っても通用する財産です。
また金は、他の資産との価格連動性が低く、時には逆相関さえ示すことが知られています。株式市場が大暴落するような局面でも金価格が上昇する例は過去に何度も見られました。こうした値動きの特性のおかげで、ポートフォリオに金を組み込むと全体の価格変動を和らげ、資産価値のブレを小さく抑える効果が期待できます。まさに金は分散投資の切り札として、他の資産にはない安心感をもたらしてくれるのです。
もちろん、ステーブルコインのようなデジタル資産自体を否定する必要はありません。テクノロジーの進化が生み出す利便性は取り入れつつ、伝統的な安全資産で土台を固めることが大切だということです。現に、とある専門家は「株式などに加えて資産の約10%を金に振り分けることは、資産全体の安定のために有効だ」と指摘しています。たとえ10%程度でも金をポートフォリオに組み入れておけば、万一ステーブルコインや他の資産で想定外のトラブルが起きても被害を和らげるクッションになるでしょう。逆に言えば、そうした守りの資産を持たずに新しい金融商品に飛びつくのは非常に危ういのです。
おわりに:便利さと安心感のバランスを求めて
ステーブルコインをはじめとするデジタル通貨は、これからの時代にますます存在感を増していくでしょう。その利便性や可能性を私たちも享受すべきですが、一方で「新しいものには落とし穴もある」という視点を忘れないことが肝心です。便利さに飛びつく前に、その裏側に潜むリスクもしっかりと見極め、対策を講じておく。これが賢い資産形成の姿勢ではないでしょうか。
幸い、私たちには先人が残してくれた知恵があります。それがリスク分散と金の活用です。ステーブルコインの価値が揺らぐ局面でも、金という普遍的な価値を持つ資産がポートフォリオにあれば心強い支えになります。デジタルと伝統、革新と保守をバランスよく取り入れることで、資産を守りながら育てていくことができるのです。
便利の陰に潜む罠に備えつつ、新しい金融テクノロジーも上手に活用していく。そんな両輪のアプローチこそが、これからの不確実な時代を乗り切る鍵になるでしょう。どうか皆さんも「なるほど、たしかに一理あるな」と感じたポイントがあれば、ぜひ日々の資産運用に取り入れてみてください。しっかり考え、うまく分散し、そして金という確かな資産も味方につけて、これからの資産形成を一緒に頑張っていきましょう!