『介入効果は消えた』という見出しだけで、判断していませんか?円安局面の円買い介入で見落としやすい、外為特会の利益構造
「また円買い介入をしても、結局は160円台に戻ってしまったんでしょ」。
最近のニュースを見て、そんなふうに感じた方は多いと思います。実際、日経記事でも、4月30日の円買い介入で円相場は一時155円50銭台まで戻したものの、その後は再び160円台に下落し、介入効果がほぼ帳消しになったと報じられていました。ロイターも同様に、今回の円安再燃で4月末から5月の介入効果がかなり薄れたと伝えています。
ここで気をつけたいのは、為替レートのチャートだけを見て、「介入は失敗だった」と結論づけるのは早いということです。なぜなら、円買い介入は単に「円を支える行為」ではなく、実務上は政府が保有している外貨資産を売って、円を買い戻す行為だからです。財務省は、円買い・外貨売り介入について、外貨建て債券の売却などで外貨を調達し、それを売って円を買い、得た円を政府短期証券の償還に充てる仕組みだと説明しています。
少し身近なたとえで言うと、昔に積み立てていた外貨を、いまの円安局面で円に戻すイメージです。個人でも、円高だった時期に買っていたドルを、いまのような円安のときに売れば、円ベースで利益が出やすいですよね。政府会計の考え方も、かなりこれに近いです。しかも日本は、歴史的に見ると円買い介入よりも、外貨を積み上げる側の介入を圧倒的に多く行ってきました。財務省の説明資料では、平成3年度以降、令和6年度末までの累計で、円売り・外貨買い介入が80.9兆円、円買い・外貨売り介入が29.5兆円となっています。つまり、いま売るための外貨は、過去にかなり積み上げてきたものだということです。
この点をふまえると、円安局面で外貨資産を売る円買い介入は、外為特会に為替差益をもたらしやすいという見方は、かなり筋が通っています。もちろん、すべての売却で必ず利益が出るわけではありませんし、取得時期や通貨、運用状況によって差はあります。けれど、外貨を長年積み上げてきた日本政府が、円安局面でその一部を売るなら、円建てで見た利益が出やすいのは不思議な話ではありません。ここを無視して「介入は税金の無駄」とだけ語るのは、ちょっと雑です。
しかも、外為特会の利益は、売買差益だけでできているわけではありません。財務省の令和6年度決算を見ると、外為特会では外国為替等売買差益が3,780億円、運用収入が4兆8,369億円あり、決算上の剰余金は5兆3,603億円に達しました。そして、そのうち3兆2,007億円が一般会計に繰り入れられています。つまり、政府会計の側から見れば、外貨資産は「持っているだけの玉手箱」ではなく、売却差益と運用収入を生む収益資産でもあるわけです。ここは投資をする人ほど、冷静に見ておきたいところです。
大事なので、もう一度整理します。
「今回の4月末~5月の介入だけで、政府が5兆円超もうけた」という意味ではありません。そこは誤解してはいけません。5兆3,603億円という数字は、令和6年度の外為特会全体の決算上剰余金です。その中には、保有外貨資産から得られる利子収入などの運用収入が大きく効いています。ですから正確には、円買い介入は、円安局面では円建て差益を実現しやすく、もともと外為特会には大きな運用収入もあるため、政府会計には大きな剰余金が生じやすい、という表現が一番フェアです。
この視点を忘れると、メディアの見出しに振り回されやすくなります。見出しはどうしても、「160円に戻った」「介入効果が消えた」といった、いま画面で見える値動きに寄りがちです。もちろん、それ自体は事実です。実際、財務省の月次公表では、4月28日から5月27日までの介入額は11兆7,349億円に達しましたし、ロイターも円が160円近辺まで戻ったと報じています。チャートだけを見れば、「あれだけお金を使っても戻ってしまった」と感じるのは自然です。
ただ、投資家として一段深く見るなら、確認すべき視点は一つではありません。
一つめは為替レートの効果。これはたしかに短期的で、相場の流れに押し戻されることがあります。
ニつめは政府会計への影響。ここでは、外貨売却で円建て差益が出やすく、さらに外貨資産の運用収入も積み上がります。
三つめは実体経済への影響です。日本はエネルギーを輸入に頼るため、原油高と円安が重なると輸入負担が重くなりやすく、今回の円安再燃も中東情勢と原油高懸念が背景にあると、日経とロイターの両方が説明しています。つまり、政府の財布が潤うことと、家計や企業が楽になることは、まったく別問題なのです。
この「政府の財布」と「家計の財布」は、分けて考える必要があります。ここがごちゃ混ぜになると、どうしても混乱しやすくなります。政府会計の上では、円安局面で外貨を売れば利益が出やすく、外為特会の運用収入も大きい。けれど、同じ円安は輸入物価の上昇圧力にもつながりやすい。だから、政府会計上は必ずしも損ではないが、国民生活の負担が軽いとは限らない。この二つを同時に押さえることが、バランスの取れた見方だと私は思います。
もうひとつ、投資家として知っておきたい実務的なポイントがあります。それは、現時点では日次ベースの介入詳細がまだ公式公表されていないことです。財務省の予定では、4月から6月分の日次データは8月上旬に出る見込みです。つまり、いま市場で流れている「4月30日にいくら、5月何日にいくら」といった細かな話は、足元では報道や市場推計が先行している段階です。公式の発表がそろう前に、断定口調の見出しだけで善悪を決めてしまうのは、投資判断としてあまり上手ではありません。
さらに言えば、外為特会の利益も「打ち出の小づち」ではありません。財務省は、剰余金の一部を一般会計へ繰り入れる一方で、将来の為替変動や金利変動による評価損に備えるため、外国為替資金にも組み入れています。説明資料では、健全な運営のために、保有外貨資産の30%程度を組入累計額の目安としています。つまり、利益が出ているから全部自由に使える、という話でもないわけです。この点まで見ておくと、「政府は大儲けしているから問題ない」という極端な見方にも、少し距離を置けます。
では、投資家としてどう受け止めればいいのでしょうか。
私は、次の一言に尽きると思います。
「介入の成否は、チャートだけでは判定できない」。
円相場だけを見れば、たしかに今回の介入効果は薄れて見えます。でも、政府会計の側からは、円安局面での外貨売却は差益を実現しやすく、外為特会には大きな運用収入もあります。その一方で、家計や企業には円安の痛みが残る。だからこそ、私たちは「介入は失敗」「税金の無駄」といった単純な見出しに飛びつかず、誰の損得を、どの物差しで見ているのかを確認しながらニュースを読むべきです。
最後に小川からの注意喚起を。
『円安局面で外貨資産を売る円買い介入は、外為特会に為替差益をもたらしやすい。さらに外貨資産の運用収入もあり、政府会計には大きな剰余金が生じている。この側面を忘れたまま、メディアの“介入失敗”という見出しだけで受け止めるのは危うい』。
投資では、見えている値動きだけでなく、その裏にある会計構造まで考慮できる人が最終的に強いのです。