・EUと日本のレアアース共同採掘:動き出す資源協力 ・中国が独占するレアアース精錬の実態 ・他国が精錬に踏み出せない理由:技術・コスト・環境の壁 ・日本が精錬技術を持つ必要性と長期的課題 ・投資家への注意:報道をうのみにせず構造リスクを直視 ・広がる資源依存のリスクと投資戦略への示唆 ・書籍紹介
EUと日本のレアアース共同採掘:動き出す資源協力
2025年7月23日付の日経新聞は、欧州委員長フォンデアライエン氏が来日に合わせた書面インタビューで、「競争力アライアンス(連合)」の一環として欧州連合(EU)と日本がレアアース(希土類)の共同採掘に乗り出す方針を明らかにしたと報じました。レアアースは電気自動車(EV)や電子部品に不可欠な戦略資源であり、中国による輸出規制強化などを背景に、安全保障面でも重視されています。日EUの協力強化により、レアアースの調達先を多角化し、特定の国への依存度を下げようという狙いが伺えます。
このニュースは一見すると心強い動きに思えます。実際、フォンデアライエン氏自身もG7サミットで「中国がこうした重要物資の準独占を『武器化』している」と警鐘を鳴らし、対策の必要性を訴えていました。しかし私はここであえて注意を促したいのです。採掘協力の報道を過度に楽観視するのは禁物です。というのも、レアアースの供給網における真のボトルネックは「精錬・加工」にあるからです。鉱石を掘り出すだけでは、自給自足には程遠いのが現状なのです。
中国が独占するレアアース精錬の実態
レアアースの世界生産量に占める中国の存在感は圧倒的です。中国はレアアースの鉱石生産で約6割を占めるだけでなく、精錬・分離工程では世界全体の約85%を担っています。特に高性能磁石に必要な重希土類(ジスプロシウムやテルビウム等)に至っては、2023年まで実に世界の99%を中国が精錬していたとの指摘もあります。まさに「精錬は中国に聞け」という状況で、これほど一国に偏った供給構造は他に類を見ません。
この結果、他国で採掘されたレアアースでさえ最終的な精錬は中国に依存せざるを得ないケースが多々あります。象徴的な例として、米国のマウンテンパス鉱山は2010年代に操業再開しましたが、精錬能力が国内になかったため2019年時点でも産出した原料の98%を中国に送っていたと言われます。つまり、自国で鉱石を掘り出せても、精製できなければ結局は中国頼みなのです。この構造的な弱点を放置したままでは、「脱中国依存」どころか有事の際に供給を断たれるリスクも残り続けます。
他国が精錬に踏み出せない理由:技術・コスト・環境の壁
ではなぜ、主要各国はレアアースの精錬能力を自前で確立できずにいるのでしょうか。その背景には複数のハードルが存在します。
一つ目は技術的難度と環境負荷の高さです。レアアースの精錬・分離工程は非常に複雑で、「50以上もの工程を要する」「大量の薬品や高熱を伴う厄介な作業」と称されるほどです。この過程で有害な廃液・廃棄物も出るため、環境規制の厳しい国ではプラント建設や操業に莫大なコストと時間がかかります。実際、かつて世界最大の供給国だった米国は、環境対策コスト増などから2000年代初頭までに主要鉱山が閉鎖に追い込まれ、中国が台頭する結果となりました。
二つ目は採算性の低さです。レアアースはハイテク産業に不可欠とはいえ、市場規模は年間数十億ドル程度と銅など他のコモディティに比べれば小さく、価格変動も激しい分野です。精錬には莫大なエネルギーと設備投資が必要ですが、市場が小さいため収益は不安定で、民間企業にとって魅力的な事業とは言い難いのです。事実、精錬工程はサプライチェーン全体のコストの75%近くを占めるとも言われ、しかも利益率は低迷します。中国の大手精錬企業でさえ営業利益率は5%前後に過ぎず、リオ・ティントやBHPといった西側資源大手の30%以上という高収益には遠く及びません。この「重労働・薄利」な事業モデルは、短期利益を重視する欧米の民間企業になかなか受け入れられず、結果として国家的支援を受けてでも低利益で運営する中国企業の独壇場になっているのです。
三つ目は時間の問題です。仮に今から他国がレアアースの精錬施設整備に本腰を入れたとしても、成果が出るまでには長い年月を要します。専門家によれば、新たな精錬プラントの建設から稼働開始まで10年から20年規模の長期スパンが必要とされます。許認可や技術習得に時間がかかる上、需要動向を見越した投資判断も難しく、民間だけでは腰が引けてしまうのです。このように、「技術的に難しく」「儲からず」「時間もかかる」事業であることが、各国が精錬に乗り出せない大きな理由なのです。
日本が精錬技術を持つ必要性と長期的課題
それでもなお、日本がレアアースの精錬技術・設備を自前で持つ意義は大きいでしょう。日本は製造業大国であり、EVや風力発電、エレクトロニクス、そして防衛分野まで幅広い産業がレアアース素材に依存しています。他国任せの現状は、経済安全保障上のリスクと言えます。中国からの輸入に万一支障が出れば、日本の産業は立ち行かなくなる恐れがあります。その構造的リスクを減らすには、国内もしくは信頼できる国々で「鉱山から磁石まで」一貫して賄える体制を築くことが理想です。
しかし、その道のりは平坦ではありません。上記の通り技術・コスト・時間のハードルが高く、政府の後押しなしに進展は難しいでしょう。実際、日本企業は伝統的にニッケルやコバルトなど他金属の精錬に強みを持ってきましたが、レアアース分野ではこれまで中国に頼ってきた経緯があります。近年ようやく政府主導でレアアース精錬拡大に向けた動きが出始めました。たとえば2025年には、南鳥島近海の深海底に眠るレアアース含有泥の試験採取・精製プロジェクトが国家事業として始動します。これは「民間の利益ではなく、安全保障のために国内供給源を確保する」のが目的だとされています。政府と民間投資家が協力し、フランスで2027年稼働予定の精錬プラントに出資するなど、海外と組んだ取り組みも進んでいます。こうした努力を積み重ね、10年先、20年先を見据えて腰を据えて取り組むほかありません。「中国の支配を崩すのは容易ではなく、時間もコストもかかる」──それでも将来の供給安全網を築くため、日本も長期的視点で精錬技術の確立に挑むべき時期に来ているのでしょう。
投資家への注意:報道をうのみにせず構造リスクを直視
投資家の皆さんに強調したいのは、今回の日EU共同採掘のような明るいニュースほど裏に潜む構造的課題を冷静に考慮する姿勢が必要です。メディア報道自体に瑕疵はなくとも、「レアアース新鉱山!」といった見出しだけを鵜呑みにしてしまうと、肝心なリスクを見落としかねません。繰り返しになりますが、レアアース供給網における最大のポイントは精錬・加工プロセスが中国一国に偏っている点です。この構造は一朝一夕には変わりません。仮に新たな採掘プロジェクトが成功裏に進んでも、精錬を中国に委ねていては真の自立とは言えません。
投資家としては、「鉱山の確保」というポジティブ材料だけで安心するのではなく、「精錬はどこで行われるのか」「ボトルネックは解消されたのか」といった視点でニュースを評価する必要があります。レアアース関連株やEV・ハイテク産業への投資においても、サプライチェーンのどの部分にリスクが潜んでいるかを注視してください。報道される事実の裏側にある構造的リスクを理解しておくことが、長期的な視野に立った賢明な資産運用につながると考えます。
広がる資源依存のリスクと投資戦略への示唆
最後に、レアアースに限らず資源全般に目を向けた投資戦略の重要性について触れておきます。希少資源の中国偏重はレアアースだけの話ではありません。たとえば電池材料のグラファイト(黒鉛)は世界精錬の9割を中国が担い、半導体素材のガリウムやゲルマニウムも中国がほぼ独占的な精製能力を持つと言われます。事実、中国は近年これら戦略物資の輸出規制に踏み切り、世界の製造業に大きな衝撃を与えました(2010年のレアアース禁輸や2023年のガリウム・ゲルマニウム輸出規制は記憶に新しいでしょう)。つまり、特定国への過度な依存は国家レベルでも企業レベルでも「いつか来た道」であり、常に想定外のリスクが存在するのです。
こうした状況下で投資家が取るべき戦略は、大きく二つあると考えます。
一つは分散とヘッジです。サプライチェーンのどこか一箇所に依存が集中している企業や産業は、予期せぬ規制や地政学リスクで業績が揺らぐ可能性があります。そのためポートフォリオ全体で見れば、代替調達先を確保・開拓している企業や、リサイクル技術・代替素材開発に取り組む企業にも目を向け、リスク分散を図ることが重要です。
もう一つは長期目線での育成分野への投資です。各国がレアアースを含む重要資源の自前供給網を構築しようと動き出した今、精錬技術や代替磁石開発など「ボトルネック解消」に寄与する分野は将来的な成長が見込めます。ただしこれらは短期で花開くテーマではないため、腰を据えて支えていく姿勢が求められます。
幸い、日本を含む民主主義国もこの課題に本腰を入れ始めています。レアアースの地政学リスクは広く認識され、政府の支援策や国際協調も動き出しました。投資家としても、日々のニュースの表層だけでなく背景にある構造を読み解きながら、将来のリスクと機会を見極めていきたいものです。採掘だけでなく精錬まで含めたトータルな視点で資源分野を捉えることで、より確かな投資判断につながるでしょう。報道の光と影をバランスよく見極め、賢明な資産形成を目指していきましょう。