2025/06/04

あなたの投資、その利益は誰かの犠牲の上に?

2025年6月はじめに報じられた中国のレアアース(希土類)輸出規制強化のニュースをきっかけに、私たちの社会が「人道的に問題のある生産体制」に依存している現実について考えてみたいと思います。



中国のレアアース輸出規制で欧州企業に生産停止の危機

2025年4月、中国政府はハイブリッド車用モーター磁石などに使われる中・重希土類7元素を新たに輸出規制の対象に加える措置を講じました。実施直後から中国からの希土類磁石の輸出量は激減し、その影響が世界の製造業に広がっています。5月末には、在中国欧州連合商工会議所(EU Chamber of Commerce in China)が「この輸出規制が続けば欧州の一部メーカーは数日以内にも工場稼働が止まってしまう恐れがある」と警告を発しました。実際、中国の規制による希土類供給不足により、欧州やインドの自動車・半導体メーカー各社は生産停止の危機に直面しています。インドの自動車業界からは「このままでは6月初旬にも工場停止を余儀なくされる」との悲痛な声も上がりました。世界のモノづくりを支える希少資源が中国から届かなくなる──そんな緊急事態が現実味を帯びたのです。

では、なぜ中国の一存で欧州企業までが操業停止の瀬戸際に追い込まれてしまうのでしょうか。その背景にはレアアース産業における中国の独占的地位と、そこで許容されてきた人道的・環境的コストの問題があります。ここからは、レアアースとは何か、そして中国がいかにしてその供給を握っているのかを見ていきましょう。


レアアースとは何か?現代社会に不可欠な「産業のビタミン」

レアアース(希土類元素)は電子機器や電気自動車、風力発電設備など、現代のハイテク製品に欠かせない材料です。代表的なネオジムやジスプロシウムといった希土類は強力な磁石(永久磁石)を作るのに用いられ、モーターや発電機、ハードディスク、スピーカーなどに幅広く使われています。また、スマートフォンのディスプレイやカメラ、エアコンの省エネコンプレッサー、電気自動車のバッテリー、さらには軍事用途のセンサーやレーダーに至るまで、様々な先端分野で「縁の下の力持ち」として働いているのです。

しばしば「産業のビタミン」とも呼ばれるように、希土類は製品全体に占める量はわずかでも決定的な性能向上効果をもたらします。例えばハイブリッド車や電気自動車のモーターには希土類磁石が使われ、これがないと十分なパワー効率を実現できません。また風力発電機のタービンにも強力な磁石が必要です。各国がグリーンエネルギーや電気自動車の普及を推進する中で、希土類需要は今後急増すると見込まれています。実際、ある試算では電気自動車1台に必要な鉱物資源はガソリン車の約6倍、風力発電所1基には同規模の火力発電所の約9倍の鉱物資源が必要になるとも言われます。脱炭素社会を目指す動きが進むほど、希土類の重要性は増し、その安定供給がますます戦略的な課題となっているのです。


中国のレアアース独占の理由と戦略

そんな希土類の供給を、なぜ中国が事実上一手に握っているのでしょうか。背景にはコスト競争力国家戦略の両面があります。

まず、コスト面で中国の希土類産業は圧倒的です。かつてアメリカやオーストラリアにも有力なレアアース鉱山が存在しましたが、1990年代以降、中国企業が安価に大量供給を始めると他国の鉱山は次々と採算割れに陥りました。その結果、2010年前後には世界の希土類生産の90%以上を中国が担う状況となり(2025年でも約69%を占めます)、精錬や磁石製造といった下流分野では約9割のシェアを中国勢が押さえています。中国国内には内モンゴルの包頭(バヤンオボー)鉱山など巨大な埋蔵地があり、埋蔵量の豊富さもさることながら、政府による手厚い補助金や環境対策費の事実上の圧縮(環境汚染への目をつぶること)が安価な生産を可能にしてきたと指摘されています。

内モンゴル自治区・バヤンオボー鉱山の採掘現場。世界最大級のレアアース鉱山で、その採掘規模と環境への影響の大きさがうかがえる光景です。長年、中国は自国の大地と環境コストを引き換えに世界へ希土類を供給してきました。

さらに、中国政府は希土類を戦略資源と位置付け、国家的な管理を行ってきました。生産量に quotas(生産割当)を設けて市場価格をコントロールしたり、業界再編で「中国稀土集団」など少数の国有企業グループに集約することで採掘から精製までを統制しています。こうした戦略は、自国産業への優先供給と価格競争力維持に加え、外交カードとして希土類を活用する意図もあると言われます。実際、2010年には日本との外交摩擦の際に中国がレアアースの対日輸出を一時停止し、日本の製造業が大きな打撃を受けたことがありました。最近でも米中の貿易摩擦が激化する中で、報復措置として希土類輸出規制が発動され、今回の欧州企業への影響につながっています。中国側は「安全保障上の必要な管理」と説明していますが、戦略的思惑が背景にあるのは明らかでしょう。


見過ごされてきた採掘現場の人権と環境問題

中国が世界一のコスト競争力で希土類を供給できた理由の裏側には、採掘現場の過酷な労働環境と深刻な環境破壊の問題があります。安く大量に作るために、現地ではどのような犠牲が払われてきたのでしょうか。

まず環境面では、希土類鉱山の周辺で土壌や水資源の汚染が深刻です。希土類の採掘・精製には強力な薬品を用いた湿式製錬(リーチング)という方法が取られることが多く、地面に大量の薬液を注入して土壌中から希土類を溶出させます。その過程で生じた有毒な廃液を貯めるため、山間にはコンクリートで囲った巨大な排水池がいくつも放置されてきました。適切に管理されない廃液池から有害物質が漏れ出し、川や地下水を汚染する事故も起きています。また希土類鉱石にはトリウムやウランなど放射性物質を含むものもあり、精製の副産物として1トンのレアアースを生産するごとに約1トンの放射性残渣を含む廃棄物が出るとの報告もあります。全体としては、希土類1トンの生産につき実に2,000トン近い有害廃棄物が発生するとの試算さえあるほどです。こうした環境負荷により周辺の農地は作物が育たなくなり、住民の飲料水にも影響が出ました。中国政府自身、鉱山周辺でがん患者が異常発生している「癌症村(がん症村)」の存在を公式に認めざるを得ない事態になっています。

環境と同時に、労働者の人権や健康被害の問題も見逃せません。鉱山や精錬工場で働く人々は十分な防護措置がないまま有害な薬品や粉塵に晒され、皮膚のただれや呼吸器系・神経系の不調など健康被害に苦しむケースが報告されています。安全管理や労働環境の整備が後回しにされ、長時間労働や低賃金が常態化している現場では労働者の人権侵害も指摘されています。中には、汚染に抗議した地元住民や農民が拘束される事件も起きており、地域社会との軋轢も深刻です。

中国江西省の希土類鉱山では、坑道に穴を掘りパイプとホースで薬品を注入し、土壌から希土類を溶出させる原始的な方法で採掘が行われていました。労働者の肌は薬品でただれ、呼吸器や循環器への障害も報告されています。

中国政府も近年になってようやく問題に対処し始めました。違法な零細鉱山の取り締まりや汚染地の浄化に乗り出し、2019年には習近平国家主席が希土類産地の江西省贛州を訪れて「環境を破壊しない採掘」を指示したとも伝えられています。国は先述の通り複数の国有企業に産業を集約し、より環境管理を徹底すると謳っています。しかし地元からは「国有企業になっても汚染の酷さは変わらない」との批判も根強く、実際、被害の訴えを上げる住民が逮捕されるケースまで起きています。環境改善への道のりはまだ遠く、安価な希土類の陰で大きな犠牲が払われてきたという事実は押さえておかねばなりません。


欧米がすぐに代替供給網を構築できない事情

ここまで見てきたような問題があるなら、「いっそのこと中国以外から希土類を調達すればいいのでは?」と思われるかもしれません。欧米や日本も、自前でレアアースを生産できれば中国依存から脱却できるはずです。しかし、現実にはすぐに代替の供給網を構築することは極めて困難なのです。その理由をいくつか解説します。

レアアースの鉱床自体は中国以外にも存在し、アメリカやオーストラリア、東南アジア、アフリカ諸国でも埋蔵が確認されています。ただし、鉱石を採掘して分離・精製し、高性能磁石などに加工する一連のサプライチェーンが整っている国はほとんどありません。例えば欧州連合(EU)は、2030年までに域内需要の10%を採掘・40%を精製で賄うという目標を掲げてプロジェクトを進めていますが、2025年時点で欧州に商業生産されている希土類はごくわずかです。需要は今後増える一方で、2030年に欧州で必要とされる希土類酸化物は年間3万トン規模に達する見通しですが、その時点でも自前調達できるのは5千トン未満(2割にも満たない)との試算もあります。ゼロから鉱山を開発し精製プラントを建設するには多額の投資と年月がかかり、たとえ今動き出しても軌道に乗るまでに相当の時間が必要なのです。

いざ他国が希土類事業に参入しようとしても、最大のハードルとなるのが中国との価格差です。中国国内では先述のように環境コストが適切に織り込まれておらず、人件費も安いため、希土類製品の価格が非常に低く抑えられています。その差はヨーロッパで同等品を生産しようとした場合、20~40%もコスト高になると試算され、場合によっては中国製品の方が6~7割も安いケースすらあります。民間企業が単独で設備投資をしても、中国側が価格攻勢をかければ採算が取れなくなる恐れが高く、銀行融資や投資家も尻込みしてしまいます。実際、世界各地で約50件のレアアース開発プロジェクト計画がありますが、そのうち現在の低価格のままでは事業化に踏み切れるのはわずか数件程度とも言われます。価格競争力の壁は、それだけ厚いのです。

希土類の分離精製には高度な技術と経験が必要です。長年にわたり中国が独占的に手がけてきたため、専門技術者やノウハウが中国に集中しており、他国で一から蓄積するには時間がかかります。また、環境規制が厳しい国ほど、鉱山開発や廃棄物処理に手間とコストがかかります。例えばアメリカでも環境規制の強化で1990年代に主要鉱山が閉鎖しましたが、近年になって安全基準を満たしつつ再開する試みがようやく進んでいる状況です。民主主義国家では地元住民の合意形成や環境アセスメントに何年も費やすことが多く、「いますぐ代わりを用意する」ことは構造的に難しいのが現実です。

以上の理由から、欧米諸国が中国に対抗して独自のレアアース供給網を築くには相当の覚悟と時間、そして資金が必要です。各国政府も安全保障の観点から希土類の自給計画を打ち出していますが、短期的には中国依存から抜け出せないため、今回のように中国が輸出を絞れば数週間どころか数日で生産ラインが止まるリスクに晒されてしまうのです。


「人道的に問題ある生産体制」を許容しなければ成立しない社会構造

ここで改めて考えさせられるのは、現代の私たちの暮らしや産業が、人道的・倫理的に問題のある生産体制をどこかで許容することで成り立ってしまっているという構造です。希土類の例はまさにその典型と言えるでしょう。私たちが使っている電気自動車やスマートフォン、家電製品が便利で安価なのは、その部品素材を供給する現場で誰かが劣悪な労働に耐え、あるいは環境破壊のツケを背負わされている可能性がある、ということです。

残念ながら、こうした構図は希土類に限った話ではありません。例えば、電気自動車やスマホの充電池に使われるコバルトという金属は世界生産の約7割をアフリカのコンゴ民主共和国が占めますが、その多くの採掘現場では児童労働や強制労働といった深刻な人権侵害が報告されています。また、太陽光パネルの原料シリコンの供給では強制労働の疑いが指摘された例もあります。衣服やチョコレートなど私たちの身近な消費財のサプライチェーンを辿っても、発展途上国の工場や農園で搾取的な労働環境が問題になるケースが後を絶ちません。

つまり私たちは今、「安くて便利」な生活の裏側に潜むこうした人道上の問題に目を向け、果たしてそのままで良いのかと問い直す時期に来ているのではないでしょうか。気候変動対策やSDGs(持続可能な開発目標)が声高に叫ばれる一方で、肝心のグローバル供給網の足元で人権が踏みにじられ環境破壊が進行しているならば、本末転倒です。レアアースの輸出規制という一見「経済安全保障」上のニュースは、その根底に「人類全体の倫理の問題」をもはらんでいるのです。


投資家に求められる「人道的な目利き」の重要性

では、こうした問題に対して私たち投資家はどのような姿勢で臨むべきでしょうか。投資とは元来、自分のお金を将来有望だと思う企業やプロジェクトに託す行為です。そこでは当然リターン(利益)を期待しますが、その利益がどのように生み出されているのかにも目を向けることが重要だと私は考えます。

企業が高収益を上げていても、その背景で深刻な人権侵害や環境破壊が行われているとしたらどうでしょうか。そのような企業の持続可能性には大きな疑問符が付きますし、何より私たちの良心が痛みます。幸いなことに近年はESG投資(環境・社会・ガバナンスを考慮する投資)という考え方が広がり、企業もサプライチェーン上の人権・環境リスクに配慮しようという動きが出てきました。

例えば、自社の調達先で児童労働や強制労働などの人権侵害が発覚すれば世界的な不買運動や取引停止に発展する可能性があり、企業価値に直接響くリスクとなります。こうしたリスクを事前に察知し、問題改善に取り組むことは企業経営にとっても重要であり、投資家としても無視できないポイントです。

投資家の皆さんにはぜひ、「人道的な目利き」を持っていただきたいと願うばかりです。つまり、企業の財務指標や事業モデルを見るだけでなく、その企業の商品やサービスがどのような生産過程を経ているのかに関心を寄せてほしいのです。具体的には、企業のCSR(企業の社会的責任)レポートやサステナビリティ報告をチェックしてみたり、ニュースで仕入れた情報から「このビジネスは誰かの犠牲の上に成り立っていないか?」と問いかけてみたりすることです。最近では、人権や環境に配慮した取り組みを積極的にアピールする企業も増えてきましたし、逆に不祥事が明るみに出て株価が急落する例もあります。投資先の企業が倫理的に持続可能であるかを見極めることは、長期的に安定したリターンを得る上でも欠かせません。

最後に、「投資は未来を選ぶ行為」だという言葉があります。私たちがどの企業に資金を託すかの選択が、ひいては未来の社会の在り方を方向付けるという意味です。中国のレアアース問題が投げかけた問い──「人道的にNGな生産体制に依存していいのか?」──に対し、私たち一人ひとりが投資を通じて意志を示すこともできるはずです。

利益とともに誇りも得られるような、そんな投資の在り方を目指していきたいですね。

皆さんもぜひ、目先の利回りだけでなくそのお金がもたらす影響にも思いを巡らせながら、未来志向の投資活動を続けていただければ幸いです。この記事がその一助になればと願っています。


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