2025/07/11

中国の「黄金ラッシュ」が金相場を変える? 〜金市場のパラダイムシフト〜



PBOCによる大規模な金購入の軌跡(2022年末~現在)

中国人民銀行(PBOC)は、2019年以降しばらく公式な金準備の増減を公表していませんでした。しかし2022年11月に約3年ぶりとなる金準備増加を公表し、これ以降、世界最大級の外貨準備を持つ中国が再び金を積極的に買い増す姿勢が鮮明となりました。PBOCはまず2022年11月に32トンの金を購入し、同年12月にも30トンを追加購入しています。この2か月間で合計62トンの買い増しとなり、中国の公式金保有高は初めて2,000トンの大台を突破しました。その後も2023年を通じて毎月着実に金準備を積み増し、年間では225トン増加して2023年末時点の保有量は2,235トンに達しました。2019年9月以来途絶えていた公表ベースでの金購入が再開されて以降、14か月で累計約287トンもの金を増やした計算になります。一時2024年5月・6月には追加購入を見送りましたが、その後同年11月から買い入れを再開し、2025年に入っても連続で金準備を積み増しています。例えば2025年2月にも5トンを追加し、直近(2025年2月末時点)で中国の公式金保有量は約2,290トンとなりました。PBOCの発表ベースで見る金購入は、このように2022年末から本格化し断続的に継続している状況です。


購入発表と金価格の時系列的な一致

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PBOCが金購入を再開した2022年11月前後から、国際金価格も明確な上昇基調に転じたことは注目に値します。同年11月の金価格は1オンス当たり1,645ドルから1,753ドルへと約8%も上昇し、2年ぶりの大幅な月間上昇率を記録しました。この時期はちょうどPBOCが32トンの金購入を実施したタイミングであり、市場では「中国を含む中央銀行による金需要増加」が価格を押し上げた一因との見方が出ています。事実、PBOCが2019年以来初めて金準備の増加を発表した2022年12月上旬には、「各国がドル離れの一環で金備蓄を増やしている」との分析が報じられ、金相場の先高観につながりました。

その後もPBOCの継続的な金購入と金価格の上昇トレンドはほぼ並行しています。2023年に入り米欧中央銀行が利上げを続ける中でも、金価格は一時1オンス=2,000ドル台を回復し、年末のロンドン金午前値で過去最高の2,078ドル/オンスを記録しました(2023年12月28日)。これは、通常なら金利上昇局面で上値が抑えられがちな金が、中央銀行の旺盛な需要や地政学リスクを背景に過去最高値を更新したことを意味します。実際、PBOCが一時購入を休止した2024年5~6月には金相場も上昇一服となりました。5月上旬に金価格が当時の史上最高値圏に達した後、PBOCが5月・6月の買い増しを見送ったとの発表を受けて金相場は短期的に下落に転じています。このように、PBOCの金購入発表やその動向が金価格に与える影響は時系列的にも確認でき、中央銀行の行動が市場心理を左右する構図が浮かび上がります。


中国の金準備:規模と外貨準備に占める割合(欧米との比較)

巨額の外貨準備を擁する中国ですが、その中で金準備が占める割合は依然として低水準です。中国の公式金保有は前述のとおり約2,300トン弱に達し世界第6位の規模ですが、それでも外貨準備全体の5%前後(約4~6%)に留まります。一方、米欧諸国の金保有割合は極めて高く、アメリカは公式に8,133トンもの金を保有し、その割合は実に外貨準備の72%超にも達します。ドイツ(約3,352トン)も外貨準備の71%を金が占め、フランスやイタリアも保有高2,400トン超で約70%前後を金で保有しています。これら欧米先進国は歴史的経緯から巨額の金を蓄えており、外貨準備全体に占める割合も高いのが特徴です。

これに対し、中国は近年になってようやく金準備を拡大している途上と言えます。例えばロシアはウクライナ危機前までに金保有比率を約20~25%に高めており、インドも近年9%台まで上昇させています。中国の金比率(5%弱)は主要新興国の中でもまだ低く「世界の中央銀行の平均(約20%という推計もあります)に比べても大きな開きがある」と指摘する声もあります。従って、中国が外貨準備に占める金の割合を今後引き上げていく余地は大きいと言え、その動向は長期的な視点で他国と比較しても注目されています。


「ドル離れ」戦略と金購入:その位置づけ

PBOCによる金積み増しの背景には、「ドル離れ(脱ドル化)」戦略が横たわっていると多くの専門家は見ています。中国政府は近年、米ドル資産への過度な依存を減らし、外貨準備をより多様化する方針を鮮明にしてきました。その中で、金はどの国の信用にも紐付かない「無国籍通貨」として特別な位置を占めます。実際、PBOC自身が「米ドルからのシフト」の一環として金準備を増やしたと報じられており、中国が直面する地政学リスクに対するヘッジと見ることができます。米中対立が深まる中で、「ドル資産が将来的に政治的武器とされるリスク」に中国当局が警戒を強めているのは周知の通りです。事実、ロシアのウクライナ侵攻に対し米欧が制裁としてロシアの外貨準備を凍結した出来事は、中国にとって他人事ではありません。中国の経済専門家らも「米国によるドルの兵器化」に強い懸念を示しており、将来アメリカがロシア同様に中国の対外資産を凍結し得るとの警戒感が広がっています。

こうしたリスクシナリオを踏まえ、中国は米国債などドル建て資産への依存低減策を講じていますが、その重要な受け皿の一つが金と位置付けられます。金は現物資産であり、発行体リスクや信用リスクがないため、「究極の価値保蔵手段」と見なされます。また、歴史的にも各国が通貨危機や国際的緊張に備えて金を蓄える傾向があることは、世界金評議会(WGC)の中央銀行アンケートでも指摘されています。WGCの報告によれば、中央銀行が金を保有する主な理由は「危機時の資産パフォーマンスの確かさ」と「長期的な価値の保存性」であり、地政学的不透明感やインフレ高進に直面した2022年に各国中央銀行が金保有を加速させたのは当然の帰結とも言えます。中国もまさにその典型であり、ドル基軸体制への挑戦とも映る「人民元の国際化」戦略や自国経済の安全保障を支える施策として、金の購入拡大を位置づけていると考えられます。


PBOCの金買いと米国債売却:市場への影響

中国による金購入拡大と表裏一体なのが、米国債保有残高の縮小(米国債売却)です。近年、中国の米国債保有額は減少の一途をたどり、2022年にはついに1兆ドルの大台を割り込み、その後も低下傾向が続いています。最新の報道では、2025年4月に中国の米国債保有高が7,570億ドル程度となり、2009年以来約16年ぶりの低水準に落ち込んだとされています。中国は一時、日本に次ぐ米国債の大口保有国でしたが、今や英国にも抜かれ米国債保有国ランキングで第3位に後退しました。これは中国が徐々に米国債への投資比重を落とし、他の資産(例えば金やユーロ建て資産など)にシフトしていることを示唆します。市場への影響という観点では、中国による米国債のネット売却が米国債利回りの上昇圧力につながる可能性が指摘されます。実際、米長期金利は2022年以降急上昇しましたが、その背景にはFRBの利上げや量的引き締めと並び、中国を含む海外当局の米国債需要減退も一因との分析があります(海外中央銀行全体でみれば依然米国債保有は巨額ですが、増減の方向性として以前ほど買わなくなっている)。中国が米国債を急激に売却すれば市場に混乱を招く恐れがあるため、現状ではあくまで漸進的・限定的な売却に留めているとみられます。それでも「中国が米国債を今後本格的に処分するかもしれない」という市場の不安はくすぶっており、米中関係次第では債券市場やドル相場に波乱要因となり得るでしょう。

一方、中国の金購入は金市場に対して明確なサポート要因となっています。金は市場規模がそれなりに大きいとはいえ、中央銀行が何百トン単位で買い手に回るインパクトは無視できません。WGCの統計によれば、2022年に各国中央銀行が購入した金は過去最高の1,136トンに達し(55年ぶりの高水準)、その需要増が金価格の支援材料になったと評価されています。特に公表ベースではなかなか買い手の分からない状況で金価格が上昇していた2022年後半、市場では「正体不明の大口買い手」が話題となりましたが、最終的にPBOCが買い手の一角だったことが判明しました。ロイター通信も「中央銀行からの高まる需要は金相場を下支えするだろう」と当時報じており、実際に金相場は中央銀行の記録的な買い越しによって底堅さを保った面があります。今後も中国をはじめとする各国当局の金買いが続く限り、金市場には構造的な下支えが働くと考えられます。一方、米国債市場では中国の存在感低下が進んでおり、これは米国にとって財政資金調達コストの上昇リスクでもあります。こうした金市場での存在感拡大と米国債市場での存在感縮小は、中国の資産構成シフトを如実に反映しており、グローバル市場に少なからず構造変化をもたらしつつあります。


高金利下でも金価格が上昇する新たな現象

近年、「金利が上がっても金価格が下がらない」、むしろ同時に上昇するという一見逆説的な現象がみられます。従来の常識では、金は利息を生まない資産のため金利が上昇すると相対的な魅力が低下し価格は下落しやすいと考えられてきました。しかし2022~2023年にかけて、FRBが急速に政策金利を引き上げ長期金利も上昇したにも関わらず、金相場は下落局面こそあれど総じて上昇トレンドを維持し、史上最高値圏に達しています。この背景にはいくつかの要因が考えられます。第一にインフレ率の高まりと実質金利の低迷です。名目金利は上がっても同時にインフレ率も高ければ、実質金利(名目金利-インフレ率)はさほど上がらず、むしろマイナス圏に深く沈む場合もあります。2022年以降、米国の実質金利は一時マイナス幅を縮小しましたが、市場は将来的なインフレ継続リスクを意識しており、インフレヘッジ資産としての金需要が高水準で保たれました。第二に地政学的リスクや金融不安です。ロシアのウクライナ侵攻や米中対立、さらには2023年3月の米銀破綻騒動など、安全資産としての金の需要を喚起する出来事が相次ぎました。金利上昇は通常なら株式など他資産への資金シフトを誘発しますが、不安定な環境では「有事の金」の魅力が勝り得ます。

さらに見逃せないのが中央銀行の大規模買いという新たな需要要因です。上述のとおり中央銀行は記録的な金買い手となっており、この構造的需要が従来の金利と金価格の関係を塗り替えている可能性があります。実際、歴史的に見ても金と金利の相関は一貫性に欠け、高金利下でも金が上がった例は少なくありません。典型が1970年代で、米国の政策金利が二桁に急騰する中で金価格も急騰し、1980年には金利・金価格ともにピークを迎えました。こうした歴史を振り返れば、「金利が高い→金は弱い」という単純図式は成り立たないことがわかります。実際、データを長期で分析すると金利と金価格に有意な負の相関関係は確認できないとの研究もあります。最近の局面では、FRB利上げ開始直後の2022年には一時的に金は売られましたが、その後インフレや景気減速観測により早くも反発に転じました。このように、金価格を動かす要因は金利だけでなく複合的であり、高金利と高金価格の同時進行は「非常識」ではなくなりつつあります。中央銀行の買いも交えた新たな需給バランスの中で、金市場の常識が書き換えられていると言えるでしょう。


FRBの金融政策との関係性

米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策、とりわけ金利政策は依然として金市場に大きな影響を及ぼします。ただ近年、その影響の仕方が微妙に変化してきています。まず2022年、FRBが急ピッチの利上げに踏み切ると金価格は春先から秋口にかけて下落基調となり、一時1,600ドル台前半まで値を下げました。これは急激な金利上昇とドル高進行が金の短期的な売り圧力となった典型例です。しかしFRBの利上げが峠を越すとの見方が出始めた2023年初頭には、早くも金相場は回復に転じます。市場が「利上げ打ち止めや将来的な利下げ」を意識し始めると、安全資産需要が再評価され、2023年1月中旬には金は1,900ドル台を回復しました。言い換えれば、「FRBのタカ派転換→金安」から「ハト派転換期待→金高」へと市場の織り込みが急速に進んだのです。

FRBの金融政策と金価格の関係でもう一つ重要なのは、金融政策が引き起こす他市場の変動を通じた間接的な影響です。FRBの利上げは通常ドル高をもたらし、これは金価格に下押し圧力となります。しかし2023年後半以降、ドル指数が上昇基調にある中でも金は底堅さを維持しました。これは、FRB利上げがある程度織り込まれたことや、他国も追随利上げしたことでドルだけ独歩高とならなかった面もあります。また、FRBの高金利政策が株式市場に調整圧力をかけた結果、ポートフォリオのリバランスで金が見直されるケースもあります。実際、金利上昇局面では株価下落につれて金が資金の受け皿となる傾向も指摘されます。一方で、仮に今後インフレ沈静化からFRBが利下げに転じれば、ドル安・金利低下を通じて金にとって追い風となるでしょう。2022年末時点でも、専門家の間には「FRBが引き締めを止めれば金は再び2,000ドルを超える」との見通しがあり、この予想は現実のものとなりました。総じて、FRBの金融政策は金市場の重要なファクターではあるものの、その影響は市場の見通し次第で先行的に織り込まれ、実際の政策転換前後で金価格が先行して動くという点に留意が必要です。


世界の中央銀行による金購入動向と中国

最後に、中国以外の中央銀行の金購入動向にも触れておきます。実は近年の金市場で最大の買い手は各国中央銀行であり、これは中国に限らないグローバルトレンドです。前述のとおり2022年は全世界の中央銀行による金純購入量が1,136トンと過去半世紀で最大を記録しました。この記録的な購入はトルコ(148トン)やエジプト(47トン)、カタール(35トン)、イラク(34トン)など新興国の中央銀行が主導しており、中国も同年末から存在感を示しました。また、インドも長年にわたり断続的に金準備を積み増しており、2023年6月には単月9トン超の購入(約2年ぶりの大幅増)を行い金準備を841トンに増やしたとの報道もあります。ロシアもウクライナ侵攻前までは世界有数の買い手として金準備を大幅に増強してきました(現在は公式統計を公表せず詳細不明)。一方、欧米先進国は既に多額の金を保有しているため純買いには動いていませんが、近年は売却する国もほとんどなく、世界全体では中央銀行セクターがネットで金を買い増す傾向が定着しています。

この潮流は2023年~2025年も続いており、例えば2024年第1四半期の中央銀行純購入量は290トンに達し、四半期ベースで少なくとも2000年以降で最高となりました。特に地政学リスクに直面した新興国や資源国の中央銀行が、外貨準備に占める金の割合を高める動きを加速させています。前述のトルコは外貨準備に占める金比率が28%に達し(542トン)、中東諸国や中南米でも金備蓄の見直しが進みました。要するに、「金は信用リスクのない最後の価値の拠り所」として世界中の中央銀行が改めて重視し始めた時代と言えます。その先頭を走るのが中国であり、中国の動きは他国にも少なからず影響を及ぼしています。もっとも、中国ほどの巨額なドル資産を抱える国は他になく、その意味でPBOCの金購入とドル資産圧縮の組み合わせは特異なケースとも言えます。他の新興国にとっても金準備の拡大は共通の関心事項ですが、中国ほど急速かつ大規模に実行できる国は限られるでしょう。しかし、米ドル基軸への挑戦や経済安全保障の強化といった観点から、「金の戦略的保有」を再評価する潮流自体は今後も継続すると見られます。中央銀行による金需要の構造的増加は、金市場に長期的な地殻変動をもたらす可能性があり、投資家としても注視すべきポイントです。


おわりに:金市場の構造変化と今後の展望

以上の分析から、中国人民銀行による金購入拡大と金価格の上昇には明確な相関関係が認められ、その背景には国際金融体制の変容や地政学的リスクの高まりといった大局的な潮流が存在することが分かります。PBOCの巨額な金買いは、単なる一中央銀行の準備調整に留まらず、「脱ドル化」という世界的な動きの一環として金市場に構造的な影響を及ぼしています。結果として、金は従来の常識を超えて高金利環境下でも上昇を続けるという新たな局面を迎えています。投資家にとっても、中央銀行の動向やマクロ経済政策(例えばFRBの金融政策)と金価格の関係を従来以上に注意深く見極める必要があるでしょう。金市場では需要の構造が変化しつつあり、特に公式部門(中央銀行)の存在感が高まっています。このことは金価格のボラティリティ低下や下値支持要因として働く一方、各国の政策次第で新たな変動要因ともなり得ます。

「DEVOTION GOLD CLUB」に集う経験豊富な投資家の皆様にとっても、金市場のパラダイムシフトとも言える現状を把握し、ポートフォリオ戦略に活かすことが求められるでしょう。中国のみならず世界の中央銀行が金を求める時代──その趨勢は当面続くと見られますが、同時に米ドルの役割変化や各国金融政策の行方とも絡み合い、予断を許さない状況です。今後も金市場の動向を左右するキーワードは「中央銀行」「インフレ」「地政学リスク」「ドル」といったものになるでしょう。PBOCの金購入と金価格の相関は、そうした複合的要因が絡んだグローバルな資金フロー変化の象徴です。その深層を読み解きつつ、長期的視野で金市場に向き合うことが、これからの投資戦略においてますます重要になると考えられます。


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