最近、世界の「お金」を巡るニュースで気になる動きが増えています。もしかすると法定通貨の歴史的な転換点に差し掛かっているのかもしれない――そんな視点で、今回は通貨と投資の話題を見ていきましょう。
・約100年周期?繰り返される基軸通貨の交代劇 ・ユーロに吹く追い風:防衛費増加と欧州債の台頭 ・「ドル崩壊論」にご用心:陰謀論ではなくデータを読む ・多極化する通貨バランスを中立的に見守る ・長期的視点で備える ・書籍紹介
約100年周期?繰り返される基軸通貨の交代劇
まず押さえておきたいのは、「基軸通貨」(世界の中心となる通貨)の地位も永遠ではないという歴史的事実です。例えば19世紀から20世紀前半にかけては英ポンドが世界の主要な準備通貨でしたが、20世紀半ばには米ドルがその座を引き継ぎました。欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁も「過去にも世界通貨の優位性には変化があった」と指摘しており、長い目で見れば通貨の勢力図は約100年単位で塗り替わってきたとも言えるのです。
では今がまさにその「転換点」なのでしょうか?確かに近年、各国の通貨を取り巻く状況に大きな変化の兆しが見られます。第二次世界大戦後に確立したドル中心の国際通貨体制も約80年が経過し、米国の経済力や金融政策への信認が試される場面が増えてきました。一方で、米ドルの“対抗馬”になり得る通貨が台頭しつつあるとの見方も浮上しています。ただし、これから起こり得る変化を語る前に、まずは足元で何が起きているのかを冷静に整理してみましょう。
ユーロに吹く追い風:防衛費増加と欧州債の台頭
米ドルの牙城に挑もうとしている通貨の筆頭格がユーロです。欧州連合(EU)は自ら発行体となる「欧州共同債(欧州債)」を増発し、ユーロ圏の債券市場を拡大する戦略に乗り出しました。各国ではなくEU全体で債務を背負うこの欧州債は、新型コロナ対策の復興基金で本格的に発行が始まったものですが、ここにきて国防費の増強という追い風を受け、さらに存在感を高めようとしています。
具体的には、2024年末時点で約5,700億ユーロの残高があった欧州債を、2025年にはさらに1,500億ユーロ発行して残高を25%増やす計画です。発行額の規模としてはドイツ国債の約3分の1程度に過ぎませんが、EU全体で資金を調達できる強みがあります。欧州債の信用力(S&P格付けAA+)も各国の平均よりやや上で、フランスやスペイン国債より高く評価されており、投資家にとって魅力的な安全資産になり得るのです。
ユーロ圏がこれほど債券市場の強化に動く背景には、「安全資産」の量で米国に大きな後れを取っている危機感があります。事実、米国債の残高は2025年5月時点で約28兆ドル(約4,000兆円)と突出して巨大です。一方、ユーロ圏最大のフランス国債ですら米国債の10分の1程度、欧州債を含むユーロ建て国債全体でも米国の半分に満たない規模に留まっています。通貨の信認は「信用力の高い国債の量」と表裏一体であり、流動性が高く安心して運用できる債券(安全資産)が潤沢に存在することが基軸通貨の条件なのです。ユーロ建て債券の量が少ない現状では、グローバルな投資マネーの受け皿になりきれないため、EUは債券発行の拡大によってユーロの地位向上を図ろうとしているわけですね。
ここで少し皮肉なポイントですが、ユーロ台頭の追い風となっているのは、実は米国発の問題だという指摘もできます。例えば直近では、米国トランプ政権による関税政策がドルの価値低下懸念を招き、その尻目にユーロ圏に資金流入が続く状況がありました。実際、外国為替市場では今年6月下旬に1ユーロ=1.17ドル前後と約4年ぶりのユーロ高水準となっています。また安全保障面でも、トランプ大統領がNATO加盟国に防衛費拡大を強く求めたことが引き金となり、ヨーロッパ各国は防衛費を増額せざるを得なくなりました。2023年にはNATO加盟国が国防費をGDP比5%に引き上げる目標で合意するなど防衛力強化の機運が高まり、その資金調達策としてEU共同での債券発行(=欧州債)が現実味を帯びてきたのです。欧州議会でも「欧州防衛産業の発展には共同債務調達も選択肢だ」と前向きな声明が出され、EU全体で8,000億ユーロ規模の再軍備計画のうち1,500億ユーロを欧州債で賄う計画が動き出しています。
このように、米国頼みだった安全保障を欧州自ら支える方向に舵を切った結果として、「ユーロを国際通貨としてドルに次ぐ存在に押し上げよう」という戦略が鮮明になっています。グローバル投資家にとっても、米国が内向き志向を強める中でヨーロッパのAAA格に近い共同債券が大量に供給されることは魅力的に映るでしょう。実際、トランプ政権下で揺らいだ同盟関係や貿易体制を背景に、欧州各国は防衛力強化と資金調達で一致団結し始めました。もっとも、こうした欧州債の拡大には「財政統合」という高いハードルも存在します。EU最大経済のドイツは昔から南欧諸国の財政浪費を警戒しており、共同債務には慎重姿勢を崩していません。実際、ショルツ前独首相は「国防費のための欧州債発行は受け入れられない」と明言し、現職のメルツ首相もEUの債務肩代わりは例外的な場合に限るべきだとの立場です。今後、ユーロ圏が真の意味で一枚岩となり、米ドルに並ぶ巨大な債券市場を作れるかどうかは、欧州政治の決断次第と言えるでしょう。
「ドル崩壊論」にご用心:陰謀論ではなくデータを読む
ユーロの台頭や各国の動きから、「いよいよ米ドルの時代も終わりか?」といった声が聞こえてくることがあります。中には「近いうちにドルは崩壊する」「〇〇通貨(あるいは金)がドルに取って代わる」といった極端な主張を語る向きもありますが、それらの多くは陰謀論的な憶測に過ぎません。ここは冷静にデータを見てみましょう。
確かに米ドルの天下も以前ほど盤石ではなくなりつつあります。国際通貨基金(IMF)の統計によれば、各国中央銀行が保有する外貨準備に占める米ドルの割合は近年低下傾向にあり、2022年末には約58%と20年ぶりの低水準まで下がりました。これは過去数十年でみればドル離れがじわじわ進んでいることを示唆しています。一方で、だからといって「世界中で一斉にドルが見放されている」と断じるのは早計です。実際のところ、外国為替取引の約90%には依然として何らかの形で米ドルが関与しており、貿易決済や国際投資でのドル利用はなお圧倒的です。また、米国債やドル建て資産から資金が大規模に引き揚げられている明確な証拠も今のところありません。Reutersの市場分析によれば、「デドル化(脱ドル化)という声とは裏腹に、ドル資産からの大規模な資金逃避の兆候は見当たらない」のが実情です。むしろ過去10年を見ると、世界は「急速にドル化が進んでいた」とも言われており、アメリカの巨額債務やシャドーバンキングの膨張によってドル建ての負債(=将来のドル需要)は増え続けてきました。要は、ドルの為替レートが一時的に下落することはあっても、それ自体は世界がドル離れしている決定的な証拠ではないということです。
こうした指摘は、私たち投資家にとって重要な示唆を与えてくれます。つまり、「ドルの時代は終わりだ!」といった威勢の良い見出しに飛びつく前に、その裏付けとなる事実関係をきちんと確認すべきだということです。SNSや一部メディアでは刺激的な陰謀論が拡散しがちですが、鵜呑みにするのは危険です。ドルは確かに徐々に独占的地位を失いつつあるものの、だからといって一夜にして基軸通貨の座から滑り落ちるようなものではないことを、歴史とデータは示しています。基軸通貨の交代には長い年月と世界中のプレーヤーの動きが必要であり、現実には「ドルに代わるものがすぐ用意できるのか」という問題もあります。ユーロは前述のとおり債券市場の規模拡大という課題を抱え、人民元(中国元)は中国経済の規模こそ大きいものの資本規制などで自由な国際利用には限界があります。金(GOLD)も「究極の安全資産」として脚光を浴びますが、現代の金融システムで通貨そのものの代替となるには流動性や実用性の面で難があります。
多極化する通貨バランスを中立的に見守る
では、私たちはこれからどのような視点で通貨の行方を見ていけばよいのでしょうか。ポイントは、固定観念にとらわれず中立的な姿勢で「通貨バランスの変化」を見守ることです。現在、水面下ではゆっくりとした多極化の潮流が進んでいます。たとえばアジアでは、貿易や金融取引で米ドルを介さずに現地通貨同士を直接交換しようという試みが広がりつつあります。実際、銀行や企業の間で「ドルを迂回して人民元やユーロなど他通貨で直接決済したい」といったニーズが高まっており、香港ドル・アラブ首長国連邦ディルハム・人民元などを組み合わせてドルを使わない為替ヘッジ取引を行う動きも出ています。インドネシアの銀行が中国人民元専用のデスクを設けるといったニュースもあり、企業レベルでは「ドルを使わずに済むならその方が有利ではないか」という意識が芽生え始めているようです。
このような動きは、各国・各企業がリスク分散やコスト削減の観点から通貨の使い分けを模索している兆候と言えます。昨年あたりから「デドル化(脱ドル化)」という言葉がメディアで頻繁に聞かれるのも、ロシア制裁に伴うドル資産凍結のリスクや、米中対立による貿易決済の変化などが背景にあります。著名なストラテジストの中には「今後数年間で2.5兆ドル規模のドル売り(=他通貨への乗り換え)が起きる可能性がある」と警鐘を鳴らす人もいます。もっとも、そうした大胆な予測が現実になるかどうかは未知数です。しかし重要なのは、「あり得ない」と切り捨てるのではなく変化の兆しを丁寧に観察することでしょう。世界各地で起きている小さな変化(ユーロ債拡大、人民元決済の増加、各国中央銀行による金準備の積み増しetc…)を点と点で終わらせず、線として捉えていく姿勢が大切です。
現に各国の中央銀行も、自国の外貨準備を見直す動きを強めています。ドル建て資産の比率を少しずつ減らし、その埋め合わせとして金(GOLD)など他の資産を増やす傾向が続いています。2022年から2023年にかけて世界の中央銀行が購入した金は年1,000トンを超えて過去最大を記録しており、2025年もこのペースで大量購入が続けば4年連続の「ゴールドラッシュ」となる見通しです。各国の中央銀行がこれほど金を買い増すのは「ドル資産だけに偏るのは危うい」という認識があるからに他なりません。実際、専門家は「近年進む脱ドル化の原動力は依然健在だ」と指摘し、その背景には米国の財政悪化や政治的不透明さへの不信感があると分析されています。こうした中央銀行の動きも含めて、私たちは世界的なお金の流れをウォッチしていく必要があるでしょう。
長期的視点で備える
法定通貨の勢力図が塗り替わるような変化は、一生に何度もあることではありません。しかし「今まさにその過渡期にいるかもしれない」という意識を持っておくことは、投資をする上でも経営判断を下す上でも非常に有益です。だからと言って、短期的な思惑で特定の通貨や資産に極端に賭けたり、陰謀論めいた予言に振り回されたりするのは禁物です。大切なのは長期的視点に立ったバランス感覚と言えるでしょう。
幸い、私たちには世界中の動向をリアルタイムで把握できるニュースやデータが揃っています。ぜひ日々のメディア報道をウォッチしながら、「なぜこの通貨が買われているのか」「各国の政策は通貨にどう影響しそうか」といった点に注目してみてください。そうすることで、仮に本当に歴史的な通貨の転換期が訪れても、慌てず冷静に対応できるはずです。通貨の覇権交代劇はドラマチックなテーマですが、私たちはあくまで中立的な観察者として状況を見極め、自分の資産を守り育てていきましょう。長期的な視野に立ちつつ、引き続き世界のお金の行方を一緒にウォッチしていきたいと思います。