2025/11/11

確定申告で『保険料が35倍』?!金融所得と医療費負担の盲点

日本の財政状況は非常に厳しく、国の借金はGDPの2倍を大きく超えて世界最悪水準にあります。こうした巨額の債務を抱える中、政府は支出を賄いきれず、様々な形で負担の付け替えを模索しています。最近、「減税」など景気刺激策の議論もありますが、その財源をどこから確保するのかという問題は避けて通れません。そこで注目されているのが、所得や資産に応じて負担を求める「応能負担」の考え方です。特に金融資産を多く持つ高齢者への応能負担強化が議論の的になっています。



75歳「億り人」でも医療費負担は軽い?現行制度の不公平

現行の医療保険制度では、株式や債券から多額の収入(金融所得)があっても、その全てが保険料負担に反映されているわけではありません。たとえば、75歳以上のAさんとBさんが共に年間500万円の株式配当収入を得ていたとします。Aさんが配当について確定申告をしなかった場合、後期高齢者医療の保険料負担は年約1万5千円で済みます。ところが、Bさんが同じ配当を確定申告した場合、保険料負担は年約52万円にも跳ね上がります。同じ収入があっても確定申告したか否かで、なんと負担額に35倍もの差が生じるのです。財務省も11月の財政審議会でこのような試算を提示し、現行制度の歪みを指摘しました。

なぜこのような差が生まれるのでしょうか。それは、日本の医療保険や介護保険の保険料計算が、給与や年金といった「所得」の額をベースにしているためです。株式の配当や社債の利子など金融所得は、確定申告しなければ保険料算定の対象に含まれません。しかし、損益通算の必要などから一度確定申告してしまうと、その金融所得が翌年度の保険料に算入されてしまいます。その結果、確定申告を行った人は保険料負担が大幅に増え、同時に医療機関での窓口自己負担割合も1割から最大3割へと引き上がってしまいます。逆に言えば、確定申告をしなければ自治体はその収入を把握できず、億単位の資産を持つような「億り人」(資産1億円以上を投資で築いた人)の高齢者であっても、現行制度の下では医療保険料が低く抑えられ窓口負担も1割のままというケースがあり得るのです。このような仕組みは「金融所得の不公平」として問題視され始めています。


高齢者の金融資産と「応能負担」強化の狙い

資産運用への関心は若い世代にも広がっていますが、政府が実際にターゲットとして想定しているのは主に高齢者です。総務省の家計調査によれば、60代以上の世帯が保有する金融資産は平均で1,800万~2,000万円台に達します。一方、30代の平均金融資産は500万円台と桁違いに少なく、さらに住宅ローンなど1,000万円を超える負債を抱えるケースも多いのが現状です。つまり、日本では高齢世代が相対的に豊富な資産を持ち、若い世代ほど資産形成が進んでいないどころか債務超過になりがちなのです。

もう一つ重要な背景があります。75歳以上が加入する後期高齢者医療制度では、その医療給付費の約4割を現役世代の保険料拠出による「仕送り」で賄っています。高齢者で所得のある人が能力に応じた負担(応能負担)をより多く担うようになれば、その分、現役世代からの支援(仕送り)を抑制できる可能性があります。政府が金融所得の把握と負担反映に乗り出すのは、こうした現役世代と高齢世代のバランスを是正し、世代間の公平を図る狙いがあるのです。

もっとも、「高齢者の金融所得に応じた負担強化」には線引きの難しさも指摘されています。長年の節約で老後資金として2,000万円を貯めたような人と、何十億円もの資産を持つ富裕層では、たとえ同じ「金融所得がある高齢者」と言ってもその余力や生活実態は大きく異なります。どの程度の資産・所得からを対象とするのかによっては、「コツコツ貯めた老後の蓄えまで標的にするのか」といった反発が出る可能性もあります。応能負担を徹底する理屈は一定の説得力がありますが、国民が納得するラインを引くことは容易ではありません。


金融所得を保険料に反映へ — 進む制度見直し

政府・与党はこの不公平を是正すべく、具体的な制度設計に着手し始めています。2025年10月に自民党と日本維新の会が結んだ連立合意書には、現役世代の保険料負担軽減に向けた施策として「金融所得の保険料などへの反映」を2025年度中に実現することが明記されました。こうした取り組みは、全世代が能力に応じて支え合う「全世代型社会保障」の理念に沿うものでもあります。若者から高齢者まで各世代が負担可能な範囲で公平に支え合うことで、少子高齢化時代の社会保障を持続可能にする狙いがあります。

すでに厚生労働省は、自民党のプロジェクトチームで議論を行い、金融所得を保険料算定に加える場合でもNISA(少額投資非課税制度)口座については対象外とする方針を示しています。NISAは若年層を含めた国民の資産形成を促す非課税制度であり、これを負担算定に組み込めば「投資離れ」を招きかねないためです。

制度の対象として検討されているのは、主に75歳以上の後期高齢者医療制度、国民健康保険(自営業者や退職後の年金生活者が加入)、および介護保険です。一方、会社員が加入する被用者保険(健康保険)は当面対象外となりました。給与をベースに労使折半で保険料を負担する仕組み上、金融所得まで含める制度変更は困難との判断によるものです。また、現行制度では会社員が副収入を得ても健康保険料には直接影響しないため、今回の見直しは主に自営業や年金生活者など「自身で保険料を全額負担する層」を狙い撃ちにした形とも言えます。

では、未申告の金融所得をどのように捕捉するのでしょうか。政府案では、証券会社などが税務署に提出している配当や利子支払いの法定調書(税務当局向けの報告書類)を活用し、自治体にも同様のデータを提出させる仕組みを想定しています。しかし、厚労省の担当者は「仮に実施すると決まったとしても簡単ではない」と慎重な姿勢を崩しません。実際、法定調書は現在でも紙やDVDで提出されるケースがあり、全国でデジタルデータを整備・共有するには時間がかかります。また、証券会社等が持つ膨大な金融データと、市区町村が管理する被保険者データを照合する作業には大きな事務負担が伴います。医療・介護・マイナンバー制度にまたがる複数の法律改正も必要となる見通しで、2025年度中の実現を目指すとはいえ実務上クリアすべき課題は山積しているのが現状です。

さらに議論は金融「所得」にとどまらず、将来的には預貯金や株式など個人の金融資産総額も負担能力の判定材料に含める案も浮上しています。社会保障費の増大に伴い、保険料算定に反映する範囲は今後ますます広がっていく可能性があり、この点についても慎重な議論が必要でしょう。


デジタル網の内と外:把握しきれない資産も

仮に金融所得を捕捉する仕組みが整い、データ連携によって高齢者の資産状況を把握できたとしても、すべての資産を網羅できるわけではありません。政府はマイナンバー制度などデジタル技術を駆使して「資産監視の網」を張り巡らせようとしていますが、その網の“目”の内側に入る資産もあれば、外側にある資産も存在します。

たとえば、国内の証券口座や銀行預金、不動産収入といったものは比較的追跡が容易でしょう。一方で、海外に移した資産や一部のデジタル資産(暗号資産など)、さらには現金や金地金、地金型金貨のような実物資産は、このデジタル網の外側に置かれやすい代表例です。地金型金貨などは世界中で通貨として認められる純度の高い金貨で、換金性が高く価値が世界共通で通用します。こうした実物資産はデジタル情報に残らないため、当局に把握されにくい特徴があります。

つまり、政府がどれだけデジタル網を強化して課税や負担の公平性を図ろうとしても、それに反発または不安を感じた人々が資産を「網の目の外」へ逃がしてしまう可能性があります。負担を免れたいからという側面だけでなく、インフレや金融不安に備える分散投資という観点からも、デジタル資産だけでなく実物資産を保有する意味合いが増しているのです。


おわりに

巨額の債務を抱える日本にとって、財源の確保は喫緊の課題です。金融所得を含めた応能負担の強化は、世代間の公平を追求し現役世代の負担を緩和する上で一定の理屈があります。しかし、制度を設計する側も利用する側も、その線引きや実行可能性には慎重な検討が必要です。誰をどこまで「負担できる人」とみなすのか、国民的な合意を得るのは容易ではありません。制度導入のハードルも高く、現場のオペレーションや国民の資産選択に与える影響も無視できないでしょう。

今回の議論はまだ始まったばかりですが、今後具体的な制度案が示されれば、資産を持つ高齢世代のみならず幅広い世代に波及する可能性があります。投資家としても、こうした流れを注視しつつ、自分の資産ポートフォリオを見直す良い機会かもしれません。デジタル資産と実物資産のバランスや、課税メリットのある制度(NISAなど)の活用など、将来を見据えた賢い資産形成を心がけたいものです。


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