2025/07/14

金価格がもたらした意外な社会問題とは? 〜「社会を支える投資」のすすめ〜



金価格高騰で揺れる日本の伝統工芸産業

皆さんは「金(GOLD)」と聞いて何を思い浮かべますか?多くの方にとって、金は投資や資産保全の象徴であり、「有事の避難資産」とも呼ばれる存在でしょう。実際、昨今の世界情勢への不安や円安の影響もあって国内の金価格は記録的な高騰を続けています。田中貴金属工業によると、2025年6月時点の国内金価格(参考小売価格)は1グラムあたり1万5千円台と、30年前の約12倍に跳ね上がりました。直近3年間だけ見ても価格は倍増し、その上昇ピッチは加速しています。こうした金相場の急騰は投資家にとって朗報かもしれませんが、一方で日本の伝統工芸の現場には深刻な打撃を与えているのです

例えば、京都の西陣織の中でも金糸をふんだんに用いる「金襴(きんらん)」と呼ばれる織物があります。神社仏閣の荘厳な装飾や僧侶の衣装などにも使われ、日本文化を彩ってきた伝統織物です。その西陣で100年以上続く老舗の社長によれば、「見えないところまで全て金が使われているんです」と言うほど、作品の裏地や細部に至るまで本物の金箔や金糸が織り込まれているそうです。ところが、肝心の金の価格が高騰し続けていることで、材料コストが跳ね上がり、採算が合わなくなるケースが増えています。金箔や金糸なくして成り立たない伝統工芸だけに、この金価格の急騰は大きな痛手となっています。

石川県の山中漆器(蒔絵〈まきえ〉などの加飾をほどこす漆工芸)でも事情は同じです。450年の歴史を持つ山中塗の世界では、ひとつの作品を完成させるのに複数の職人が数年がかりで携わることもあります。しかし今や、金を使った蒔絵作品の注文を受けるのは難しくなっていると言います。受注時に見積もった金の価格が、制作中にどこまで高騰するか読めず、リスクが大きすぎるためです。実際、蒔絵に使う金粉(純金の粉末)は現在1匁(約3.75g)あたり約10万円にもなり、作品に必要な数十種類もの金粉を揃える初期費用は新人の若手職人にはあまりに高額すぎます。その結果、蒔絵組合の職人数は最盛期の1990年代初頭264人から現在42人にまで激減してしまいました。長年培われてきた伝統技術の担い手が減り、高齢化や後継者不足という深刻な課題に加えて、この金価格高騰がさらなる逆風となっているのです。

金箔の産地として有名な金沢も例外ではありません。かつて仏壇・仏具向けを中心に栄えた金沢の金箔産業は、生活様式の変化で需要が低迷し、ピークだった1990年の生産額約140億円から現在は20億円程度に縮小しました。従事者数もピーク時の半分近くに落ち込み、全国的に見ても伝統工芸産業の規模はこの四半世紀で生産額が3分の1にまで縮小、職人の数も2022年には初めて5万人を割り込んだと報告されています。じわじわと市場規模が縮小してきた伝統工芸に、今回の金価格高騰は拍車をかける形です。「必要とされなければ廃れる」と言われるように、このままでは日本の誇る伝統文化が存続の危機にさらされかねません。

もっとも、各地の職人たちも手をこまねいているわけではありません。「必要なければ廃れる」からこそ、新たな需要の開拓が不可欠だという危機感のもと、さまざまな取り組みを始めています。例えば金沢では、金箔を贅沢にあしらった金箔ソフトクリームや、自分で金箔貼りを体験できるワークショップが観光客に人気です。こうした“体験型”の消費は決して脇役ではなく、ある金箔メーカーでは体験教室向けだけで年間約3万5千枚もの金箔を使用しており、職人1人の2~3か月分の仕事量に相当する需要を生み出しているそうです。また、老舗金箔メーカーの箔一(はくいち)では仏具以外の新市場を模索し、金箔で内装を彩る建築装飾の分野に乗り出しました。その結果、コロナ禍を経て高級ブランドの店舗やホテル内装などの引き合いが増え、売上は2倍に拡大したとのことです。同社は職人を下請けではなく社員として直接雇用し、技術継承にも努めているといいます。このように伝統工芸側でも生き残りを賭けた「投資」と工夫を重ねているのです。


「当たり前のものを守るための投資」の重要性

日本の伝統工芸品や文化は、私たちにとって長年当たり前に身近にあった宝物です。美しい着物の金糸や、お寺の煌びやかな金箔装飾、食卓を彩る漆器や陶器――それらはいつもそこにあるものだとつい思ってしまいます。しかし、それらを作り支える職人さんや素材、技術は放っておけば維持できるものではありません。今回の金価格高騰はそのことを改めて浮き彫りにしました。「当たり前」のものを当たり前に存続させるためには、意識的な支援や投資が必要だということです。

投資というと「お金儲け」「自分の資産を増やす」というイメージが強いかもしれません。しかし本来、投資とは将来への種まきであり、何かの価値を育てる行為でもあります。企業へ出資するだけが投資ではありません。例えばお気に入りの伝統工芸品を買って職人を応援するのも、小さな「投資」と言えるでしょう。あるいは、クラウドファンディングで伝統産業の後継者育成プロジェクトに資金協力することも立派な社会への投資です。大切なのは、「自分だけが儲かればいい」という私利私欲ではなく、「長く守り伝えたい価値」に目を向けることではないでしょうか。

日本には「もったいない」の精神があります。使い捨てず大事に長く使う、良いものを次世代に残すという考え方です。これは投資の姿勢にも通じます。私たちが当たり前と思って享受している伝統文化や美しい自然環境も、意識的に守るための投資を怠れば、やがて失われてしまうかもしれません。例えば地球環境や地域コミュニティといったものも同様です。普段何気なく吸っているきれいな空気や飲んでいる水も、環境への投資(汚染防止や森林保全など)がなければ維持できませんし、地域の祭りや行事も、そこに関わる人々への支援がなければ続けられません。

「当たり前」を将来も当たり前でいられるようにするための投資は、一見すると利益が見えにくい地味なものかもしれません。しかし、それこそが私たちの暮らしの土台を支え、未来の世代への贈り物になる大切な投資なのです。金箔の輝きや伝統工芸の技がいつまでも失われずに済むように、まずは私たち一人ひとりがその価値に気づき、守るための行動を起こすことが求められています。


社会課題に目を向けた投資:ESG投資・インパクト投資の広がり

幸いなことに、近年では社会や環境に配慮した「社会課題解決型」の投資が世界的に広がりを見せています。代表的なものがESG投資インパクト投資です。ESGとはEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の頭文字をとったもので、企業の財務情報だけでなく環境保護への取り組みや地域・従業員への配慮、経営の透明性などを考慮して投資判断を行う手法です。一方のインパクト投資は、投資によって社会的課題の解決や社会に良い影響(インパクト)を生み出すことを重視する投資のことを指します。単に環境や社会に「配慮」するだけでなく、積極的にポジティブな変化を生む事業へ資金を投じる点が特徴です。

例えばESG投資の具体例としては、再生可能エネルギー事業に資金を提供して脱炭素社会を後押ししたり、女性管理職の登用や働きやすい職場づくりに積極的な企業の株式を選んで応援したりすることが挙げられます。インパクト投資の例では、発展途上国の貧困層に小口融資して自立を促すマイクロファイナンス事業への投資や、医療や教育サービスで社会課題を解決しつつ利益も目指すソーシャルベンチャー企業への出資などが代表的でしょう。

日本でもここ数年でESGやインパクト志向の投資は急速に存在感を増しています。国連責任投資原則(PRI)に署名した年金機関などの影響もあり、日本のESG投資残高は2022年時点で494兆円と2016年の57兆円から8.6倍にもなりました。投資信託でもESGの名前を冠した商品が数多く登場し、個人でも数万円から気軽に「社会に良い投資」を始められる時代になっています。また、一歩進んだインパクト投資の領域では、地方創生ボンド(地方自治体が発行する社会貢献目的の債券)や、ソーシャル・インパクト・ボンド(民間資金で社会事業を行い成果に応じて返礼する仕組み)など、新しい試みも生まれています。

さらに注目すべきは、伝統産業や地域文化を守ること自体をビジネスモデルにしている企業も現れていることです。先述の金沢の箔一のように、伝統工芸の新たな需要を開拓して収益を上げつつ文化を継承する企業もあれば、テクノロジーを駆使して職人と世界中の消費者をつなぐプラットフォームを展開するスタートアップもあります。実際、伝統工芸品の海外需要増加に着目して職人支援プラットフォーム事業を手掛ける企業が、株式クラウドファンディングで目標額の10倍近い資金を調達し、約90名の職人と提携して成長中という例もあります。この企業は職人の商品開発や販路開拓を支援し、多重下請け構造を変革して従来比で職人の利益率を約30%向上させるビジネスモデルを構築しています。さらに国内外に直営店や越境ECサイトを展開してインバウンド(訪日観光客)や海外からの需要を掴み、3期連続の増収・黒字を達成しているとのことです。このように、社会課題をビジネスチャンスと捉え、「社会貢献」と「収益」を両立させる投資案件が着実に増えてきています。

これらの具体例が示すように、投資の世界は決して「お金の亡者が集まる場所」ではなく、「より良い社会のために資金を回す場」として大きく変わり始めています。環境問題や伝統文化の継承といった一見スケールの大きな課題であっても、投資という手段を通じてなら一人ひとりが参画し、解決の一端を担うことができるのです。


投資家一人ひとりの意識変化が未来を支える

こうした潮流をさらに広げていくには、私たち一人ひとり投資家の意識変革が欠かせません。大きな資金を動かす機関投資家だけでなく、日々の暮らしの中で資産運用を考える個人投資家や経営者も、自らの投資判断の先にどんな社会が築かれるのかをイメージしてみることが大切です。

例えば、皆さんが株式を買うとき、その企業の製品やサービスが社会にどんな影響を与えているか考えたことはありますか?もしそれが環境を汚染していたり、労働環境が悪かったりする企業だとしたら、どんなに業績が良くても将来は不安ですし、なにより応援したい気持ちにはなれないのではないでしょうか。逆に、再生可能エネルギーで地域に貢献していたり、伝統技術を守りながら革新的な事業を展開している企業であれば、長期的に見ても持続可能な成長が期待できそうですし、「この会社に頑張ってほしい!」と自然に思えますよね。

投資は未来を選ぶ行為だとも言われます。目先の値動きだけでなく、「このお金が巡り巡って世の中の何に力を与えるのか?」と問う視点を持つことは、これからの時代ますます重要になるでしょう。事業を営む経営者の方であれば、自社の投資判断(設備投資や資金運用)においても、単に利益率だけでなく「それは社会にとってもプラスか?」と考えてみる価値があります。また個人の方でも、銀行預金や保険、年金の運用先について情報を集め、自分の大切なお金ができれば社会に資する形で活かされるよう意識してみると良いかもしれません。最近では銀行でも環境債(グリーンボンド)に積極的なところがあったり、保険会社がESG投資を表明していたりします。少し視点を変えてみるだけで、「自分のお金の使われ方」に関する情報がきっと見えてくるはずです。

なにより重要なのは、「自分一人が変わっても大勢に影響はない」と思わないことです。確かに一人ひとりが投じる金額は小さいかもしれませんが、投資家全体の意識が変われば企業も市場も変わります。実際、気候変動への危機感が高まったことで、多くの投資家が石炭火力発電関連の企業から資金を引き揚げ、代わりに再生エネルギー企業を支援する動きが出た結果、世界的なエネルギー転換が促されています。一人ひとりの投資の選択が集まれば、それは社会の進む方向を左右する大きな力になるのです。

投資初心者の方にとっては「難しそう」「損したくない」という気持ちが先に立つかもしれません。しかし、最初は500円や1,000円からでも構いません。例えば応援したい地元企業の株を1株買ってみる、ESGに積極的な企業を組み入れた投資信託を月々少額積み立ててみる、といった小さな一歩を踏み出してみてください。その経験を通じて、「自分のお金が誰かの役に立っている」という実感を得られたなら、きっと投資に対する見方が変わるでしょう。未来を支えるのは、他でもない私たち自身の意識と行動の積み重ねなのです。


「金は避難資産」から一歩先へ:文化を守る手段としての金

改めて、金という資産について考えてみましょう。金は国籍も信用リスクもない究極のコモディティ(実物資産)として、金融市場では世界で最も安全な資産の一つとみなされています。株価が暴落するような危機の際、投資家がこぞって金を買い求めるのは、紙幣や証券と違って金そのものが持つ普遍的な価値に信頼を置いているからです。実際、2008年のリーマン・ショック時にはドル資産から金への資金シフトが起きましたし、近年でも米中対立や中東の地政学リスクの高まりを背景に各国の中央銀行までもが金を大量に買い増しています。2024年には世界の金年間産出量の約3分の1に相当する金を各国中央銀行が購入したとの報道もあるほどで、「金は安全な避難先」という考えは今や世界共通と言えるでしょう。

しかし、私たちがこうして金を“守りの資産”としてありがたがる裏で、冒頭に述べたように金を材料にする伝統文化は追い詰められているのも現実です。では、ここにどんな解決策があるのでしょうか?一つのヒントは、「金をただの金融資産として保有するだけでなく、文化を守るために役立てる」という視点です。具体的には、金への投資と並行してその金が活かされる伝統産業にも目を向け、支援していくというアプローチが考えられます。

例えば、金の現物や金ETFに投資している方は、その一部の利益で伝統工芸品を購入してみるのはいかがでしょうか。投資で得たリターンを使って金箔の工芸品や金糸を織り込んだ織物を手に入れることは、単に贅沢品を買うこととは違います。それは、金という資産の一部を循環させて日本の文化存続に貢献する行為です。自分が持つ金が増えて嬉しいだけでなく、その金のおかげで職人さんが技を受け継ぐことができる――そんな風に思えたら、投資もより豊かな意味を帯びてくるのではないでしょうか。

また、発想を転換して「文化を守ること自体が将来のリターンにつながる」という見方もできます。日本独自の金文化、例えば蒔絵や金襴織物の繊細で精巧な美しさは、海外から「まるで魔法だ」と評価されるほど高い関心を集めています。実際、蒔絵師の山崎夢舟氏によれば、作品の購入者のほとんどは外国人だそうで、「金を使った緻密な表現を求める声が大きい」と言います。ニューヨークの美術商エリック・トムセン氏も、日本の金の使い方について「まるで魔法だ」と賛嘆しています。一点金箔をあしらうだけで作品の雰囲気が一変する様子に魅了され、「蒔絵など日本の伝統工芸はもっと世界で評価されるべきだ」とも語っています。つまり、日本の伝統工芸にはグローバルに見ても大きな価値と可能性が秘められているのです。金価格の高騰で今は苦境に立たされているかもしれませんが、見方を変えれば「これこそ世界に売り込む好機だ」との指摘もあります。実際、2024年のギンザタナカ本店(金製品の老舗)の免税売上高は2022年比で4.5倍にも伸びたそうで、金価格が上がっても海外からの需要は衰えていないとのことです。日本発の「身につけて楽しい金細工」のデザイン性が中国などの富裕層にも支持され、売上を押し上げているようです。

これらの事実は、伝統工芸への投資が単なる文化保存に留まらず、新たな市場開拓による経済的リターンも期待できることを示唆しています。言い換えれば、金は自らの資産を守る避難先であると同時に、使い方次第で文化を守り未来のビジネスチャンスを生む「攻めの資産」にもなり得るということです。金の輝きを金融商品としてだけでなく、日本ならではの落ち着いた美の輝きを引き出す手段として捉え直すことで、私たち投資家も新しい価値創造に加わることができるでしょう。


私利私欲ではなく社会貢献のための投資を

金価格の高騰に振り回される伝統工芸の現場から出発して、話は大きく広がりました。しかし根底にあるテーマは一つです。「個人の私利私欲のための投資ではなく、社会貢献のための投資が広がるといい」——まさにこの思いに尽きます。もちろん利益を追求すること自体は悪いことではありません。投資の成果が上がれば自分や家族の生活が安定し、豊かになるでしょう。それ自体も大切なことです。ですが、もしそれと同時に社会も良くなるのだとしたら、こんな素敵なことはありませんよね。

幸い、今の時代は「想い」と「資金」を結びつける仕組みが数多く用意されています。投資信託や株式投資、クラウドファンディング、ふるさと納税や寄付付き金融商品など、方法は様々です。ぜひ皆さんも、自分が大切に思う社会課題や守りたい「当たり前の風景」に思いを馳せてみてください。そして、それを未来につなげる一歩として、社会を支える投資を始めてみませんか?その一歩一歩が集まれば、きっとより良い未来を創る大きな力になると信じています。金色に輝く未来を目指して、一緒に「社会貢献のための投資」を広げていきましょう。


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