最近、「水銀から金を生成できる」という驚きのニュースが投資家の間で話題になっています。米国の新興企業が核融合反応を利用し、水銀から金を生み出すという現代の錬金術を発見したと主張したのです。この報道は日本経済新聞など大手メディアでも取り上げられ、一見すると夢のような話に思えます。古来、人々が追い求めた錬金術が21世紀の科学技術で実現するかもしれないと聞けば、心躍るのも無理はありません。
しかし、投資家の皆さんには冷静な視点を持っていただきたいところです。このニュースには思わぬ落とし穴や誤解が潜んでいる可能性があるためです。本記事では、話題の「水銀から金生成」のニュースについて解説し、その採算性や市場への影響、さらにビットコインとの関係性に触れながら、情報に振り回されない投資判断の重要性について考えてみます。
・水銀から金を生み出す錬金術?その主張と背景 ・実現への高いハードル:0.15%の壁と莫大なコスト ・専門家が慎重な理由:裏付け不足と科学界の反応 ・金価格は揺るがない?中央銀行と「世界最強通貨」としての金 ・ビットコインは「デジタル黄金」?希少性の比較 ・メディア報道に惑わされないために ・参考資料 ・書籍紹介
水銀から金を生み出す錬金術?その主張と背景
まず今回話題となっているニュースの概要を整理しましょう。米サンフランシスコのスタートアップ企業「Marathon Fusion」は、核融合技術を応用することで「水銀を金に変換できる」方法を開発したと発表しました。核融合炉で発生する高エネルギーの中性子を利用し、水銀の同位体に核反応を起こさせて金を生成する仕組みだといいます。これはまさに現代版の錬金術とも言える大胆なアイデアです。
同社が公開した論文によれば、核融合発電所の中で特殊な装置を用いて水銀を照射することで、年間最大5,000kg(5トン)もの金を生み出せる可能性があるとのことです。5トンの金は現在の金価格では約6億ドル(数百億円)相当にもなります。しかも発電と並行して金を生み出すため、発電所の電力生産には影響を与えないとも説明されています。もし本当にそれだけの量の金を、余剰エネルギーで副産物的に生産できるなら、夢のような副収入源です。
歴史を振り返れば、卑金属から貴金属の金を作り出す錬金術は長らく人類の夢でした。しかし科学の発展に伴い、従来の化学的手法で金を作ることは不可能だと証明されています。それだけに、「科学の力で錬金術を実現」という今回のニュースはセンセーショナルに受け止められました。とくに金投資家にとっては「供給革命」にも映り、一部では金価格下落を心配する声も出ています。しかし本当にそんな心配が現実になるのでしょうか?
実現への高いハードル:0.15%の壁と莫大なコスト
結論から言えば、現時点でこの錬金術が投資対象として現実的になる可能性は極めて低いと専門家は見ています。その最大の理由が、核反応で金に変換できる水銀同位体の希少さです。水銀にはいくつかの安定同位体がありますが、そのうち金に変わり得るとされるのは質量数196の水銀(^196Hg)という同位体だけです。この^196Hgは天然の水銀全体のわずか0.15%しか存在しません。0.15%というと、例えば1トンの水銀に約1.5kg程度しか含まれない計算です。つまり残りの99.85%の水銀は金に変換できないため、そのままでは大量の水銀からごくごく一部の金しか得られないことになります。
仮に核融合炉で効率よく金を生成するには、^196Hgを事前に濃縮分離して投入する必要があります。しかしアイソトープの分離には専門の設備と莫大なコストがかかります。極微量の同位体を集める作業は、干し草の山から針を探すに等しい手間と言えるでしょう。さらに核融合炉そのものの建設・運用コストも天文学的です。仮に5トンの金(数百億円相当)が得られるとしても、そのために必要な核融合プラントの建設費や稼働コストがそれを上回ってしまえばビジネスとして成り立ちません。現状、核融合発電はまだ実用化すらされておらず、商業炉を動かせるのは何年も先の未来です。「採算の取れるコストで金を量産できる」という状態になるハードルは、想像以上に高いのです。
専門家が慎重な理由:裏付け不足と科学界の反応
今回の発表に対し、学術界や専門家からは概ね慎重な見方が示されています。その理由の一つは、この新手法に関する論文がまだ査読を経ていない点です。企業の独自発表であり、著名な原子核物理学者たちのお墨付きが得られているわけではありません。もし本当に画期的な技術であれば、本来は権威ある科学誌に論文が掲載されたり、関連分野の研究者と共同で発表されたりするでしょう。しかし現段階では、そうした第三者による裏付けが乏しいのが現実です。
実際、米国プリンストンの国立研究所に所属するプラズマ物理学者Ahmed Diallo博士は、この論文について「興味深い内容で期待は持てるが、まだ実証されたとは言えない」とコメントしています。また仮に核反応で金を作れても、その生成物には長半減期の放射性同位体が混じるためしばらくは放射能を帯びた金しか得られません。Marathon Fusion社自身も、得られた金は安全に使える状態になるまで14~18年の保管が必要と見積もっています。こうした実用上の課題も含め、現時点では「できそうだ」という机上のアイデアが発表されたに過ぎないと見る向きが強いのです。
金価格は揺るがない?中央銀行と「世界最強通貨」としての金

各国の中銀は金を貯蓄資産として大量に抱えている。
仮に将来的に核融合錬金術が実現し、金の人工生産が可能になったとしても、すぐに金市場が崩壊することはないだろうという見方があります。その根拠の一つが、各国中央銀行の旺盛な金需要です。中央銀行は自国通貨の信用を補完する準備資産として金を伝統的に大量保有していますが、近年その保有量をさらに積み増しています。実際、世界の中央銀行は2022年に計1,136トンもの金を純購入し、1950年以降で年間最大の買い越し記録を更新しました。地政学リスクやインフレ懸念が高まる中で、安全資産である金を備蓄しようという動きが強まっているためです。
このように「大口の長期保有者」である中央銀行が存在するため、市場に新たな金が供給されても彼らが吸収してしまう可能性があります。特に各国の通貨発行主体である中央銀行にとって、金は「究極の価値の保存手段」とも位置付けられています。極端な話、仮に錬金術によって金が安価に作り出せるとしても、その恩恵は中央銀行や限られた主体が独占し、市場には十分行き渡らないかもしれません。そうなれば希少性は維持され、むしろ金の地位が揺らぐどころか「やはり金こそ最強の価値保存資産」という信認が高まる可能性すらあります。
ビットコインは「デジタル黄金」?希少性の比較
ここで視点を変えて、デジタル資産であるビットコインにも触れてみましょう。ビットコインはしばしば「デジタルゴールド」と称されますが、その理由は発行上限が約2,100万BTCと厳格に決められている点にあります。すなわち「これ以上増やせない希少性」を人工的に設計した通貨なのです。仮に金が核融合技術で大量生産できるようになるとすれば、ビットコインの相対的な希少価値が際立つとの見方もあります。実際、今回のニュースに対し「もし金が印刷(大量生産)できるのなら、ビットコインこそ地球上で最も希少な資産になる」といった声も一部では上がりました。
もっとも、金とビットコインでは価値の裏付けとなるものが異なります。金は何千年もの歴史で培われた信用と工業用途など実需がありますが、ビットコインはブロックチェーン技術への信頼とネットワーク効果が価値の源泉です。それゆえ投資家にとっては「デジタルの金」と「現物の金」をそれぞれの特徴で比較し、リスク分散を図ることが重要でしょう。核融合錬金術の話題は、改めて両者の希少性に目を向ける良い機会と言えるかもしれません。
メディア報道に惑わされないために
今回の「水銀から金」生成のニュースはロマンあふれる話題ですが、現実の投資判断に直結させるのは尚早と言えます。たとえ大手メディアの記事であっても、そこにはセンセーショナルな見出しや話題性が優先され、重要な前提条件や限界が十分に説明されていないこともあります。投資家として大切なのは、そうした情報に一喜一憂せず腰を据えて事態の本質を見極める姿勢です。
金は依然として各国が喉から手が出るほど欲しがる資産であり、その価値が明日ゼロになるような性質のものではありません。また、仮に技術革新が供給面に影響を与えるとしても、それが市場に及ぶには長い年月と多くのハードルがあります。今回のニュースをきっかけに、改めて金という資産の特性やそれにまつわる情報との向き合い方を見直す機会にしていただければ幸いです。
最後に、金と同様にその希少性から注目されるビットコインなど新しい資産についても、情報の真偽を冷静に判断しつつ適切にリスク管理することが、これからの時代の投資には求められるでしょう。
参考資料
- 日本経済新聞「米新興が錬金術を発見か 核融合反応使い『水銀から金を生成』と主張」(2025年7月22日)
- Marathon Fusion claims to convert mercury into gold using nuclear transmutation technology. (Ainvest, 2025年7月22日)
- Isotopes of mercury – Wikipedia (retrieved 2025年7月23日)
- Central bank demand for gold hits record in 2022 – World Gold Council (2023年1月31日)
- John Wang, X (Twitter)「Alchemy is now real. Metal into gold…」(2025年7月22日)